牛タンがオレ達を呼んでるゼ!
雨の東北道ブーメランツーリング

2007年8月31日 金曜日




オレが普通自動二輪免許をとる原動力となったのは「40歳の誕生日にバイクで北海道へ行きたい!」という思いだった。
通勤用に50ccのモンキーを買い、S氏とツーリングを楽しむうちにその思いが芽生え、いままでS氏からさまざまなアドバイスを受けつつ、同時に練習にも付き合ってもらっている。
モンキーでの「犬吠崎日帰りツーリング」や、その後の計画だけで立ち消えとなった「関東一周どうかしちゃったツーリング」も、すべては北海道への準備であると言える。

今回の仙台行きもそんなトライアルのひとつである。
もちろんツーリングであるから、それ自体楽しいし、目的もある。
そう、今回は日帰りで仙台まで行き、美味しい牛タンを食べようではないかという企画なのだ。

出発前、意気あがるオレは、さまざまなツーリングサイトを見回り、携行品や旅先での行動におけるノウハウを仕入れた。
それらの情報をもとに、必要なグッズを揃え、服装などの装備をどうしようかと、一人興奮の坩堝にあった。

旅慣れているS氏は、至極冷静に、そして同行する予定だったN嬢もとても冷静だった。
オレだけが熱に浮かされたように狂騒状態で、勢い、ニューメットを買ってしまいそうなくらいであった。
結局買わなかったけど・・・。

前回の利根川ツーリングに参加したN嬢は、今回の仙台行にも参加の予定だったが、出発前日に体調が悪化、さらには仕事も急に忙しくなり、参加できないことになってしまった。
またしてもS氏とムサい男二人の旅である。
なので、今回もまた絵面にはまったく華が無い。

数日前から、当日の雨が予想されたので、仙台行きを断念するか?との相談が持ち上がった。
前日になると、明日の雨は確実なものとなり、雨がひどいようならRTで近場にしようか?とS氏がもちかけてきた。
S氏自身は運転技術もあるし、雨でもトラブルの無いバイクも持っているのだが、オレの方はといえばCXユーロでの雨天走行経験は皆無。また、旧車であるため雨による電気系のトラブルも心配であるし、なにしろせっかくのユーロを雨でぬらすのは勿体無いではないかと言うS氏の心遣いでもあった。

しかしオレは狂騒の中。
「庭で濡れて朽ちるより、走って濡れた方がナンボかまし!」と、S氏のアドバイスを蹴って仙台行きを主張。
それを受けたS氏から「では、矢板インターまで行き、その時点の雨の様子やコンディションで行き先を検討しよう」と提案があり、そうすることになった。

出発準備、当日は雨の予想だったのでDSで雨天用のバッグとメットのシールドコート剤を購入。
前日まで、旅の服装をどうしようか悩んでいた俺であったが、やはりGジャンでは不安だし、せっかくツーリング用にホンダのジャケットを買ってあるのだから、今回こそ着るべきだ!と心を決め、仕度を進めた。

ツーリングサイトにあった必要なもの、免許証、自賠責保険証書、健康保険証、現金、クレジットカード、雨具・・・などを用意する。
今回は小型のタンクバッグを購入し、そこへ小銭と千円札を1万円分、そして仙台までの地図を入れた。
高速のチケットもここへ入れる予定だ。
ウエストバッグも今まで使っていたものより容量の大きいものを購入。
ここへは、財布や家の鍵、デジカメ、タオル、メモ帳、薬類などを入れた。

シートにくくりつけるウォータープルーフのタフザックには、着替え、寒かった時用のTシャツ、予備のグローブ、手足が痛くなったときに貼る湿布薬、雨具などを入れた。
帰りにはお土産も入れるため、容量的にはまだだいぶ余裕がある。

用意が終わったのが午後10時30分。
出発時刻は午前3時の予定なので、午前2時には起きなくてはならない。
ということはあと3時間半しかない。
PHSの目覚ましアラームをセットし、就寝。

アラームで目覚めたのはオレではなく、隣で寝ていたニョウボ。
「びっくりした!」と起こされ、ベッドから身を引き起こす。
ぼんやりとリビングへ降りる。
時間は午前2時10分。
顔を洗い、歯を磨き着替えて身支度。
眠気は去ったが、頭のぼんやりが取れないので、事前に購入しておいたチョコクロワッサンと缶コーヒーで軽めの朝食。
荷物のパッキングを確認し、駐車場からユーロを出した。
この時点でメーターは走行距離18688kmを指している。今日は何キロ走れるだろうか。

とりあえずユーロを置いて部屋に戻り、S氏に今から出ますとメールした。
ホンダのジャケットを着て、パンツは普通のGパン。料金所での精算を考え指先が自由な薄手のメッシュにするか、それとも手の甲に硬いガードの入った手首まであるレザーのグローブにしようか悩んだが、最終的に高速に乗るから何かあったときのためにしっかりしていた方がいいだろうとレザーグローブを選んだ。
靴も軽いスニーカーにしようかとも思ったが、同様の理由でふくらはぎの下くらいまであるダナーのゴアテックスブーツにした。




午前3時20分、出発。
直近のGSで満タンに給油。
流山街道から流山道路そして常磐高速へ。
雨はまだ降っておらず、行き先への期待が高まる。
このまま曇りでもってくれれば・・・。
利根川を越えあっという間に守谷を過ぎる。高速を走ると気温が低いこともあり、少々寒い。
Gパンも寒いが、Tシャツにホンダのメッシュシャツ、そしてインナーを取り除いたライジャケは、風通しがとてもよかった。
谷和原で高速を折りて、S氏の家にどんどん近づくにつれ寒さが増してくる。




午前4時10分、S氏邸到着。
S氏のパリダカは既に準備完了しており、S氏もすぐに出てきた。
「おはようございます」
「おはよう。雨降ってないね。寒い?」
「けっこう寒いです。」
「あはは。オレ、最初から革ジャンだよ。」
オレもこのとき、ライジャケのインナーをつけるか、もしくはTシャツを一枚増し着するか考えた。
「じゃ、グローブとって来るわ」
と言って、S氏が家の方へ消えていったので、この隙に着てしまおうかと悩んだが、タフザックの中を開けて探るのが面倒くさく、どうせ矢板のインターから高速に乗ったらすぐパーキングに入るんだし、そのときで良いや・・・と、着ないことに決めた。

程なく、S氏も準備が整い出発。
時刻はおそらく午前4時20分くらい。
ここからはしばらくS氏の後ろについていく。
早朝の空気がひんやりと気持ちいい。
一時間も走ると周りに車も増えてきた。しかし渋滞に巻き込まれるということは無く、快適な速度で巡航。
一時、大型トラックの列にまきこまれるが、それもあっという間に解消された。





大分北上したなぁ・・・と思う頃、軽装の身体にますます寒さが厳しい(真夏なのに!)、気持ちいいワインディングを颯爽とかけていくS氏のパリダカ。
オレはそれまでと同じペースでノロノロと・・・あっというまに見えなくなってしまった。

まぁ、このまま走ればいいんだろうと・・・とそのまま進む。
でも不安だったので若干ペースアップ。(^^;
ほどなくS氏発見。・・・ッホ。




無事に矢板インターに到着。
ここまでで雨は無く、そのまま高速へ。
矢板インターに入ったのが午前5時30分。
そこから5分ほどで矢板北PAに着く。ここでS氏と相談。
ここから先へ、行くのか、行かないのか?




幸い、雨はひどくない。
が、そろそろポツリポツリと降り始めた。
曇りで済むわけではなく、ましてや晴れるでもないだろう。
しかし、ここで引き下がるオレではない。S氏曰く「自制心の無い無謀な人間」であるオレは、「行きましょう」とニヤけて言った。
S氏は、しょうがねぇなぁという笑顔で「じゃ、まぁ、行けるところまで行こうか」。
二人で雨具を装着、オレのほうは寒さが激しいので、長袖Tシャツを増し着し、さらにライジャケのインナーも装着。
そして、気持ちも新たに出発。
行き先は?
オレの中では、当然「仙台」。(w

東北道矢板北PAから先は、小降りの雨がつづく。
先行はパリダカのS氏。
オレの様子を見ながらの走行、オレはその無言の背中をただ追いかける。
今までにオレはCXユーロでの雨天走行経験は無く、そもそもCXユーロでこんなに遠くへ出かけたことが無かった。
ましてや高速道路を延々と走るなど、皆無である。
この日のために、何度か常磐高速を利用したことはあったが、それもほんの15kmほどの区間を何度か走った程度だ。
オレとしては主に、料金所でのやり取りがメインの体験走行程度のものだった。




矢板北PAから約30km、午前6時10分、那須高原SAに到着。
自分でも意外とすんなり、無事に、なんか遠くへきたなって感じがするメジャーな観光地「那須高原」に着いてしまった。
手も足も痛むところはひとつも無い。上半身は充分に現在の温度に耐える装備だから寒さも無い。
雨具が街乗り用でしかもリュックを背負えるように大きいサイズを買って、それを今回使っているのでバタつきが激しいのが、少々嫌気を誘う。
それと、メットのシールドに塗った雨よけスプレーがまったく効力を発揮せず、雨粒が視界をさえぎるのが辛いくらいだ。
CXユーロ、さすがツアラーである。ケツや腰はまったく痛くない。
ここまででは疲労を全く感じなかった。
S氏が気を使ってくれなかったら、オレはここで停まることなく、もっと先を急いでいただろう。
しかし、時刻はまだ6時20分。
仙台でお昼を食べるのだからもっともっとゆっくりでもいいのである。




バイクを降り、SA内に入ると、時間が早すぎてまだレストランがやってなかった。
何か腹に入れようというS氏の勧めで、スナックコーナーにて軽い食事。
S氏は山菜うどん、オレは山菜そば。
周りは半袖半ズボンみたいな「夏の服装」の客がほとんど。
オレ達は、長袖長ズボンに雨合羽。そして熱いうどんとそばを「温かい・・・」と言いながら、有難がってすすっている有様。
やっぱ冷えてんだ、身体。(^^;

飯を食いながら30分ほど休憩を取り、バイクに戻る。
この先もどうやら雨らしい。
が、とくに今のところ大きな問題も無いのでそのまま仙台を目指すことに。
二輪駐車場で自分のバイクを見て唖然とした。

シートがびしょ濡れ・・・。orz
「え、なんで、なんでここ水が落ちてきてんの???」と見上げると、そこは屋根の継ぎ目部分であった。


「くそっ!」と罵りつつ、シートの水滴をはらう。
「大失敗じゃん」と笑うS氏。
「全くですよ。」苦笑いしつつ、内心(教訓が増えたナァ・・・)と、自虐的喜びを見出していたオレであった。
教訓1:高速道路のPAなどで二輪駐車場へ停める場合は、屋根の構造に注意。


S氏に工具を出してもらい、緩んでいた左ミラーを締めた。
風圧でクリン!とそっぽを向いてしまう仕様だったので、非常にウザかったのです。(笑

オレのCXユーロは燃料計が多少おバカさんになっているので、ここで給油。
給油量と走行距離から計算すると、リッターあたり17kmは走っている計算。
ウン、やっぱ燃料計がおバカになっている。針は既にエンプティを指していたのに、入ったのは8リットルほどだった。
とりあえず満タンにして、出発。

「前、走る?」と聞かれたのだが、どうしても後ろでないと落ち着かないオレの性分。
すみません。着いていくほうが気楽で・・・。
というわけで、ここからもS氏が先行。
雨と言うこともあり、ペースはS氏にとっては眠くなるレベルだそうだ。
オレは、必死と言うほどではないが緊張が解けるレベルでもなかったので眠気は無かった。

今日は、基本的には走行車線を走り、無理にスピードを出してグイグイいく感じではないS氏。
それに着いてオレも一部の遅い車を追い越し、それなりのペースで走っていく。
最初は怖かった雨の高速道路も慣れてくれば闇雲な恐怖は無くなる。
ちょっとした段差を越えるだけでリアが滑ったりしないだろうか?
道路補修部分を越えたら、フロントが取られてすっとんだりしないだろうか?とか、無闇に怖かったのは那須高原までで、あとは精神的にも快調に走っていった。

阿武隈を過ぎ、鏡石を過ぎ、福島へ。
高速を走りながら見える景色はとても美しかった。
濃緑に萌える山々、そこへ霧がかかりかすんだその美しさ。
晴れていたならもっと単純に美しかっただろうが、これはこれで美しい。

雨のツーリングも悪くは無い。
そう、条件としては悪いに違いないが、その中にも喜びはある。
いやいや、強がりも多分に含んではいるのだが、それでも、これをしなければ得られない喜びがあるなら、これをしないよりはして、その喜びを得てみたい。
雨の中、300kmを走って食べる牛タンの旨さはやった人間にしか分からないハズ。
それを知るためにオレは走っているんだ・・・などと、メットの中でツーレポの内容を考えつつ、悦に入りながら走る雨の東北道。

ポジション自体は、モンキーやRTに比べればずっと楽なCXユーロ。
ましてや高速道路で、信号も無く、周りにはそれほど過密に車がいるわけでもない。
快適な速度で、快適な巡航。
それでも、速度による強風で雨具がバタつき、手足は痺れる。
メットも風圧で押され、首と肩が疲労を訴え始めた。
そんな矢先、中央分離帯の向こう、上り斜線の事故を見た。
小型の車がフロントべっこり状態で転がっている。
「うわ、事故だ・・・」
複雑な気分だ。知らない人が目の前で事故に合い、しかしオレは一瞬でそこを通り過ぎる。
そしてまた同じような事故現場を通り過ぎた。
また車だった。
なぜあんな普通の乗り物で事故るのか? しかも普通そうな車で・・・。
一般的に言うDQNが乗るような車ではなかった。
普通のおじさんやおばさんが運転してそうなジミーな車だった。
それがとてもリアルだった。
普通の人が普通に車に乗っていて、事故に合う。
事故は異常なことではなくて、誰にでも起きる普通のことなんだ・・・そんなことを思いながら、事故現場を後方へ置き去りにして、雨の中を突き進んでいく。

「あ〜、右手が疲れた〜、首がいてぇ〜、肩がこわばる〜、前見えねぇ〜」
そんな不平不満もたらたらな我が身体、S氏は疲れないのかな? と思って見れば、S氏も右手を休めていた。
「そっか、クラッチ切ってればアクセル全閉でもそんなに速度落ちないのか・・・そうやって右手休めるんだ・・・」と思い、真似した・・・が、スピードはあっという間に落ちた。
「あ、違うわ、S氏のパリダカ、多分、クルーズコントロール的なものがついてるんだ」
そう、以前、S氏からなんとなく聞いたことがあった。
高速で何百キロもずーっと走るときに、一定のアクセル開度で固定できる機能があると。
「いいなぁ・・・」とうらやみつつ、痺れた右手でアクセルを握りなおす。
左手はフリーに出来るので時々安め、そろそろ痺れてきた足もステップの上で足踏み運動したり、時々、外へ伸ばしたりして血液の循環を促す。
それにしても雨具のバタつきが鬱陶しい。
レインコートのバタつく振動で、マッサージや肩叩き、打たせ湯など、一定の振動を与え続けると気分が悪くなってくる、あの感覚に襲われる。
あぁ、雨具脱ぎたい!!
フト、異変を感じて、右ミラーで後方を確認すると、パトカーが回転灯を光らせて走っているのが見えた。
「え、まさかオレ?そんなことないよね???」と思いながら、じんわりスピードを落とす。
前を走るS氏は気づいていない様子で、そのままのペースで走っていってしまった。
とはいえ、スピード違反で捕まるような速度ではない。
「パッシングでもして、知らせたほうがいいかナァ・・・」とか考えているうちに、パトカーがオレの横を通り過ぎていき、すぐにS氏も気づいたようだった。
よかった。二人ともお咎めなし。(^^;
いや、別に全然悪いことしてないんだけど、なんとなく嫌な気分になるよね???

その後も快調に飛ばし続けるS氏とオレ。
オレのほうは「けっこう、休み無しで行くんだナァ・・・」などと思いながら着いていった。
見れば「仙台30km」の表示。
「え、もうすぐ着いちゃうジャン?!」驚きと共に、興奮、そして安堵感、達成感が湧き上がる。
「なんだよ、楽勝ジャン、仙台!!」
オレは意気あがった。
「ピピルピルピルピピルピー!」
メットの中で「魔法の擬音」を唱えて、我がエスカリボルグ号の良さをたたえた。
お前スゲーよ、超快適にオレをここまで運んだよ! と。

菅生PAまであと1kmというところで、左斜線にいたS氏とオレであったが、S氏が前の車を追い越すべく、追い越し車線へ移動し、加速して車を追い越した。
オレのほうは、疲れからそれを面倒くさく感じつつも「しょうがないなぁ、S氏は・・・(w」という気持ちで、いつものように彼の後を追った。

右ミラーで後方確認。振り向き、目視。ウインカーを点灯させ、右側へ車線変更しつつ加速。
左側の車を一台追い越し、ミラーにて後方確認後、左車線へ戻るためウインカーを点灯させ、左側斜線へ移動。そのままPAの入り口へ、S氏を追いながら侵入。
S氏およびS氏の前を走る車がハッキリと見えてくるころ、「あぁ、減速しなくちゃ・・・」とブレーキをかける。
ユルユルと減速。
「アレ?!」っと思った瞬間にはもう、S氏のパリダカが目前に見えた。
「うわっ!」と叫び、急ブレーキ。S氏は「小型」のパーキングエリアへ行こうとして左折しようとしていた(していただけで、ほとんど曲がっていない)。
急ブレーキ+左への体重移動で、オレのユーロはリアが若干右へ滑った。オレはとっさにチラっと左足を着いた、一瞬たて直った。
その瞬間、S氏が左折をやめ、直進するのが見えた。
バイクも立て直ったし、S氏が直進してくれれば!と願った。・・・が、それもつかの間、S氏は大型のパーキングエリアへ向かおうと、再度左折するようにオレの進路へ(もちろん止まれず直進するオレが悪いんです。ハイ)。
オレは目の前をふさがれたように受け取った。
「Sさん! Mサkldfkザmンシ・・・・!!!!」自分でも意味不明なことを叫びつつ、しかし従順なオレは(S氏が悪いんじゃないのに、文句言うべきじゃない!)とか考えた。多分、0.1秒くらいで。
瞬間、車載カメラが捉えた衝撃映像、みたいなのが見えた。
TVモニタの向こうの意識は地面と平行なのに、映像だけは垂直、みたいな。
転倒。
そしておそらく、S氏に激突した。

左手に激痛・・・もしかしたら、一瞬意識を失ったのかもしれない。
見えるのは、雨雲でまだらになった灰色の空と、わずかにCXユーロの車体。
オレは左側を下にして、ユーロの下敷きになっていた。
S氏の姿が見えない。
メットが邪魔で仰向け以上に顔を上に向けることが出来なかった。
「Sさん、大丈夫ですか?!」2回聞いた気がする。
答えはない。
もし、彼に「返答が出来ないほどのダメージを与えていたなら・・・」と、怖くなった。
もちろん、純粋な意味で。
左腕がフロントカウルと地面に挟まれ、痛い。
右半身はとくにダメージがある感じはしなかった。
頭や首、腰、バイクの下にある左足も特に痛みが無かった。
左腕の痛みが際立っていたので、とりあえずそれをカウルの下から引きずり出したかった。
自由な右手でハンドルを押し上げ、左手を引き抜く。
(もし、プラ〜ンってなってたらどうしよう・・・)寒気を覚えながら、昔、我が母が犬の散歩で転倒し手首を折って帰ってきたときの画を思い出した。

左手は、無事だった。
痛みはあるものの、指も全て正常に動く。
こけた瞬間、左腕がねじられたような感じがした。
見ると、グローブの甲が削れている。
左腕が抜けると、ガソリンの匂いに気がついた。
目の前にキルスイッチが見えたのでスイッチをオフにしようとしたが、気が動転して「どうやればオフに出来るのか」わからなかった。
幸い、足に痛みが無かったので、バイクの下から這い出て立ち上がってみる。
めまいなどもしない。
両足、腰、背中にも痛みは無い。
左足が無傷でいられたのは、まさにユーロのおかげだった。普段から「邪魔だなぁ・・・」と思っていたCXユーロの左右に出っ張ったセンタースタンドが地面と車体に隙間を作ってくれていたのだ。まさに設計の勝利か。

呆然と雨の中立ちつくす。目の前でオレのCXユーロが雨の中、横たわっている。それを見下ろしている視界には、散らばったパーツやタンクバッグ、ウエストポーチが落ちているのが見えた。
ウエストポーチを拾うと、腰に巻くベルトが切れていた。
拾ったものをもう一度置き、またキルスイッチのことを思い出して、ユーロを跨ぎ越し、スイッチを切った。
なぜエンジンがかかっているのか不思議だった(後から思うと、左を下にして倒れたままだったので、クラッチレバーが地面に挟まり、クラッチが切れた状態だったのか???)。

男の人が近づいてきて、「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
「大丈夫です。すみません。」なぜか頭を下げ、そしてS氏のほうを見た。
S氏もこちらへ近づいてくるところで、「大丈夫かよ?」と言いながら、即座にユーロを起こそうとしてくれる。
瞬間、S氏に任せようと思っている自分がいたが、S氏も動きがニブい感じがした。
いつもだったらサクっと起こせそうなのに、苦労しているように見えた。
いや、ほんの0.5秒くらいのあいだに。
こんなん任せるのどうかしてる。
オレだって怪我してるわけじゃないのに、ぼっとしてる場合じゃない。と思い直し「あぁ、すみません」とか言いつつ、右手でグラブバーを引き上げ、補助。
「あはは、やったね〜。身体、大丈夫?」
「左腕が痛いです。手首が・・・。あとは大丈夫です。」
左手首の痛みを除けば、身体でうけた衝撃はビアンキで河川敷を走っていた時にコケた時の方がダメージがでかかった。あの時は眼鏡割れて顔切ったし。メットってホント重要。
「バイク、動くかナァ・・・」
「Sさん、大丈夫でしたか? コケませんでした? 怪我は?」不安がって訊くと、「コケて無いよ」との返答。
とりあえず、ひどいことになってないようで安心した。

S氏はすぐに「バイク、押せる? 左手が痛いのか、じゃ、オレが戻ってくるまでここにいて」と言い残し、パリダカに乗り、二輪駐車エリアへ向かっていった。
見送って待とうかと思ったが、また甘えすぎはイカンと思い直し、押せるかどうか試してみた。
左手は、捻らなければそれほどの激痛でなかったので、周りに気をつけながら慎重に駐車エリアまで押して行った。
その間、口に出た言葉は「チクショウ、なにやってんだ・・・チクショウ・・・」こればっかりだった。


つづく・・・>


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